カレンロバートの現在。引退後の今は会社社長!

高校サッカーの時から注目され、複数の海外クラブでもプレーしたイケメンストライカー、カレン・ロバート。
A代表に選出されないのに卓越した技術とサッカーセンスで、テレビではずっと注目されていました。
最近はなんと会社社長になっているという噂を聞いたので、カレンロバートの現在を追ってみました。

カレン・ロバートのこれまでの活躍

*画像出典:Twitter

1985年6月7日生まれ、茨城県土浦市出身。

カレンロバート(CULLEN Robert)はもちろん本名。

アイルランド人の父親と日本人の母親の間に生まれ、幼少期は茨城県で育ちました。

千葉県に近いつくば市の小学校に通っていたこともあり、柏レイソルのジュニアチームで小学校の頃はプレー。

全日本少年サッカー大会で優勝するのですが、中学に入るとバスケットボール部に所属。

それでも柏レイソルのジュニアユースにも所属していて、中学の頃から豊富な運動量と技術、連携力など注目を浴び、全国的にも有名な市立船橋高校に進学しました。

そして2002年にカレンロバートは全国から注目を浴びることになります。

市立船橋高校での活躍

2002年の全国高校サッカー選手権は現在もファンの間では語り継がれるほどインパクトがあり、メディアの注目を浴びていました。

というのも、日韓ワールドカップのあった年でサッカーファンが急増した上に、この年の全国高校サッカー選手権はプロレベルで実力派揃いの選手ばかりだったのです。

国見高校の平山相太、清水商の水野晃樹、カレンロバートと同じ市立船橋高校には増嶋竜也もいました。

この実力派の中でも2年生だった平山とカレンロバートは特に注目されていて、将来的には日の丸を背負う存在になると誰もが感じていたはずです。

2002年の全国大会はカレンロバート率いる市船が優勝することとなりますが、2003年の高円宮杯全日本ユース大会でも優勝。

とにかく、今も語られるほど、市船が無敵の時代の中心的人物だったのがカレンロバートです。

ちなみに、カレンロバートは高校3年生のときに、Jのクラブチームでもあるザスパ草津に1-0で勝利し、横浜Fマリノスにも1人少ない状態でドロー(結果はPKで負け)に持ち込むなど、高校のサッカーチームとは思えないレベルだったんです。

2004年にジュビロ磐田に入団し、プロサッカー選手に

知名度、実力ともに全国区となったカレンロバート。

ライバルの平山相太は筑波大学に進学しましたが、カレンロバートの注目されていました。

ジュビロ磐田に入団すると、メディアはこぞって報道。

父親がアイルランド人なので、「是非、日本国籍を選択して日本代表に!」と、サッカーファンは願っていました。

しかし、入団後、2005年は31試合で13得点で新人王に輝くも、2006年は怪我がきっかけで出場機会を失うと、徐々に注目も収まってしまいました。

契約満了となった2010年には出場機会を求めてJ2のロアッソ熊本に移籍。

その頃にはカレンロバートの名前はテレビではあまり観ることはなくなってしまいました。

海外移籍

結果はあまり出せませんでしたが、それでもサッカーの技術はホンモノ。

海外での挑戦を決意したカレンロバートは、2011年にオランダのVVVフェンロ―に移籍することになりました。

かつて本田圭佑が初めて海外にチャレンジしたときにステップアップするきっかけになったチームです。

そこでは吉田麻也とも同じチームでプレーしていて、ゴール数こそ少なかったものの、3シーズンを過ごし、ほとんどの試合に出場。

2シーズン目からは背番号10番をつけるほどの中心人物になりましたが、VVVフェンロ―を退団すると今度はタイのチームに移籍することになりました。

2014年はタイ、2015年は韓国、2016年はインド・・・

世界の各国でプレーをしましたが、フェンロ―を退団したあたりからはカレンロバートの所属チームを知らないサッカーファンの方が多かったはず。

そのくらい注目度は落ちてしまっていました。

その後は2018年にイングランド7部相当のリーグのリアザーヘッドFCというチームに所属していましたが、1年で退団し2019年になると引退するという決断に至りました。

オランダで活躍していた頃の2012年には、北アイルランド代表の参加オファーを断ったカレンロバート。

「日本代表になりたかったから」と、断りの理由をコメントしていましたが、2019年3月に引退するまであと一歩のところまで評価されていながらも日本代表には選出されませんでした。

その後、現在のカレンロバート

実は2013年にローヴァーズ木更津というチームを千葉県木更津市で作っているカレンロバート。

最初の主な活動は、ROVERS FOOTBALL ACADEMYとして、幼児や小学生を対象としたサッカー普及・育成活動が中心のNPO法人でした。

その頃はオランダでプレーしていたのですが、2014年にタイのチームに移籍しているのを見ると、ヨーロッパのクラブチームにこだわっていないことが分かるので、日本に帰ることを意識してアジアのチームを渡り歩いていたのではないでしょうか。

自身の所属するチームでプロサッカー選手として活躍しながら、ローヴァーズ木更津で子供たちにサッカーを教える活動をしていたカレンロバート。

2015年にはクラブチームとしてローヴァーズ木更津は活動するようになりましたが、実は2017年にはカレンロバートも選手として登録されています。

社会人チームのようなクラブチームにカレンロバートが選手でいたら対戦相手もびっくりしたことでしょうね。

組織の設立当初はNPO法人でしたが、2014年にはビジネス化、つまり会社化します。

*画像出典:http://rovers.co.jp/

ローヴァーズ株式会社という名前で、サッカースクールとクラブチームを運営。

現在では規模が拡大していて、サッカー選手のマネジメントから、カレンロバートが数多く経験したように海外移籍の支援・コンサルサッカー指導者育成、さらにはフットサル場まで運営しています。

もちろん、代表取締役社長はカレンロバート。

従業員も20名以上いるので、小さな会社とは言えませんね。

クラブ生も400人越えという凄い人数が在籍していて、クラブチームではスポンサーなども何社か協力しているようですので、ローヴァーズ株式会社の経営も順調のようです。

また、ローヴァーズ木更津というクラブチームは現在、千葉県1部リーグ。

千葉県のリーグは3部までありますが、2014年に3部を優勝し、2015年に2部を優勝してあっと言う間に県一部まで上り詰めています。

これから関東リーグ1部まで登って、優勝したらJ3に上がれるので、もしかするとJリーグのクラブチームにまで育つかもしれませんね。

カレンロバートの主な現在の活動

カレンロバートは前述の通り、ローヴァーズ株式会社で会社経営というのが今の仕事ですが、どのような仕事内容か調べてみました。

ツイッターや各メディアサイトを見ると、ローヴァーズ木更津で試合に出ていることが判明!

このほかにも、知名度を生かして雑誌やメディアの取材などにも出ていますし、チャリティーマッチなどでの出場、イベントでの出演など、生き生きした活躍をしています。

ローヴァーズ株式会社では筆頭株主でもあるし、会社の代表でもあるカレンロバート。

今後はサッカー選手としては引退してしまいましたが、会社の運営と日本のサッカー界への貢献が期待されます。