シャ乱Q、メンバーの現在。驚くほど別々の道を歩む今

1990年代に「シングルベッド」「ズルい女」「空を見なよ」などで大ヒット作品を連発したバンド、シャ乱Q。
現在もボーカルのつんく♂はフォーカスされることがありますが、今はメンバーそれぞれが全く別の道を歩んでいます。
シャ乱Qの功績と、全メンバーの現在をどうぞ。

シャ乱Qの大ヒットから解散まで

*画像出典:アマゾン

近畿大学の学生で1988年に結成。

メンバーは、つんく♂(ボーカル、アコギ)、はたけ(ギター、ベース)、まこと(ドラム)、たいせい(キーボード)、しゅう(ベース)の当初は5人。

全員1968年・1969年生まれで、現在は50代になっています。

シャ乱Qは大学に通いながらもデビュー前から多くのファンを抱えていて、地元大阪ではそこそこの知名度が有名になる前からあったそうです。

5人とも近畿大学を無事に卒業し、1992年にメジャーデビュー

デビューシングルは「18ヶ月」というタイトルの曲。あまり知られていない楽曲です。

「愛は勝つ」で有名なアーティストのKANが所属するアップフロントプロモーションという芸能事務所に所属しながらも、デビューから1年半もほとんど売れていませんでした。

1994年7月、これで売れなければ解散すると決めてリリースした「上・京・物・語」が大ヒット。

その後も数々のヒット曲を連発しました。
シングルベッド」「ズルい女」「いいわけ」「My Baby 君が眠るまで」の4つの楽曲はシングルでありながらミリオンセラーになったほど。

有線放送大賞、レコード大賞などのトップアーティストだけが授与される賞も与えられていて、まさに1990年代半ばを代表するバンドと言っても過言ではありません。

音楽の特徴

シャ乱Qの音楽は何と言ってもJ-POPに代表されるようなメロディーライン。

楽器演奏は実力者揃いですが、ボーカルのつんく♂の歌唱力は特にプロレベルではありませんでした。

しかし、つんく♂と分かる歌い方や特徴のある声、ビブラートなど、シャ乱Qらしいメロディを表現していて、彼らではないと楽曲にハマらないという不思議な感じがありました。

一方で、曲自体が本当に良いものばかりで、作詞と作曲に関しては異次元のレベルと言えそうです。

また、楽曲と並んで評価されていたのがライブパフォーマンス。

ライブでは演出だけでなく衣装もかなりこだわっていました。

コンサートでのMCも面白いし、バラエティ番組などでもつんく♂だけでなく、まこと、たいせい、はたけも面白いと評判でした。

1997年からシャ乱Qとしての活動が減少

ミリオンセラーを連発し、3年連続の紅白歌合戦にも出場したシャ乱Qですが、1997年にはメンバーのたいせい、しゅう、まことの3人でスーパーテンションズというユニットを結成。

一方、オーディション番組でつんく♂とはたけは、モーニング娘。平家みちよの音楽プロデュースの活動を開始。

メンバーのそれぞれがそれぞれに活動を開始し、これ以降のシャ乱Qの楽曲でミリオンセラーになる楽曲は誕生していません

つんく♂はご存知の通り、モーニング娘。のプロデュースで大成功。

はたけも、作曲家として名を馳せましたが、スーパーテンションズのメンバーだったしゅうが1998年に女性に暴行した罪で逮捕されてしまいました。

しゅうの逮捕は大きく報道され、スーパーテンションズはたったの1年で解散。

たいせいとまことはシャ乱Qだけでの活動になりますが、モーニング娘。の成功によりつんく♂の激務もあってシャ乱Qは2000年に活動休止します。

つんく♂の人気はうなぎ登りになり、ハロープロジェクトのプロデュースTHE つんくビ♂トというユニットの結成などソロ活動ばかりになりました。

はたけはギタリストと音楽会社の社長として活動しましたが、つんく♂はシャ乱Qの仲間である他のメンバーにも光を当てたくて、まことにはハロプロのコンサートの司会を、たいせいにはタレントになる道しるべを作ってあげました。

2006年にはシャ乱Qの活動を再開することになりますが、日本の音楽シーンが変化したこともあり、活動休止前ほどに人気は得られず2015年には解散してしまいました。

2006年にリリースした「歩いてる」という曲は名曲なんですが、復活後にも以前のような人気を得るのは難しかったようです。

メンバーの全員が活躍していたので、特に解散するというイベントの要素は必要なかったと思うのですが、2014年に公表したつんく♂の喉頭ガンがシャ乱Qの正式な解散のきっかけになったと思われています。

それでは、解散後のシャ乱Qのメンバーはそれぞれどうしているのか、ご覧ください。

元シャ乱Q・つんく♂の現在

1968年生まれ、本名は寺田光男のため、「みつくん」というあだ名から「つんく」という芸名になったと言われています。

誰もが知るシャ乱Qのボーカルで、モーニング娘。の生みの親。

ハロープロジェクトのプロデューサーとしても活動しており、現在も度々メディアには注目されています。

2006年に博多華丸の紹介でモデルをしていた出光加奈子とお見合いをして結婚。

その結婚した年に設立したTNX株式会社の社長として現在も活動中です。

2007年には、喉に原因不明の病を抱えていて高音が出せなくなっていることを告白。

その7年後となる2014年に喉頭ガンを患っていたことを公表。
癌は治ったのですが、再発見されたことで手術をすることとなり、声帯を手術したことにより声を失ったことが分かりました。

ボーカリストとして最も大切な声を失ったことで、シャ乱Qも正式に解散することになりましたが、その頃にはつんく♂は超有名な音楽プロデューサーとしての地位を確立していたため、音楽においてはプロデュースという仕事を継続。

*声は失っているものの、食道発声法により多少は声を出せるようです。

現在のつんく♂の活動は多岐にわたります。

例えば、音楽以外では著書活動があります。

2000年に「LOVE論 あなたのいいトコ探します」を発刊しており、その後も2001年「つんくタウンんの発想」、2003年「てっぺん」、2008年「一番になる人」、2015年「だから、生きる。」など10を超える書籍の著書(共著を含む)を手掛けています。

他にも声が出せた頃には俳優としてドラマにも出演していますし、多くのバラエティ番組にも出演、CM出演も何社もこなしており、写真集も出しています。

それでもやはり音楽に関係する仕事が多く、ハロプロやガッタスなどのプロデュース、多くのミュージカルにも音楽家として携わっていますし、ゲームや映画の音楽も担当するなど、大物の作曲家として現在も活躍中です。

また、つんく♂は性格が非常に良い事でも有名

シャ乱Qの解散後もメンバーがそれぞれ活躍できるように手助けしていることは前述の通り。

その他にもツイッターなどで一般人の投稿で

「飛行機でつんく♂さんの隣になり、私の子供がずっと泣いていて、飛行機を降りる際につんく♂さんに『お忙しいでしょうから疲れているのに、ご迷惑をおかけしました』と謝罪したら、『赤ちゃんが一番辛かったはずです。お母さんも頑張りましたね』と声をかけて頂きました」

という投稿もありました。

このエピソードはメディアにも取り上げられたようですが、もともとつんく♂は性格が良い事でとても有名だったそうで、ファンの間では「つんく♂らしい」という声もありました。

現在は芸能会社の社長でありながら、音楽プロデューサーとしても活躍しているつんく♂。

音楽だけでなく、生き方を学びたいというファンも多く、これぞ本物のアーティストと言われるような超大物として日本の音楽界でも今後も活躍していくことと思います。

元シャ乱Q・はたけの現在

1968年生まれ、本名は畠山 俊昭。

シャ乱Qのリーダーでギターを担当していたはたけ。

解散後もギタリストとして活動している一方、作曲家・プロデューサーとしても活動。

作曲での楽曲提供はかなり多く、内田有紀の「KEY」や工藤静香の「微熱」を始め、メロン記念日や森進一など有名アーティストにも多くの楽曲を提供しています。

現在のシャ乱Qはたけは、昔とほとんど変わっていません。

今は50代になっているはたけですが、昔の面影のままです。

所属事務所はジェイピールームという事務所で、これはもともとつんく♂の事務所だったのですが、つんく♂は現在TNXというつんく♂が代表を務める事務所に所属しているので、はたけはジェイピールームに残っているという感じですね。

ジェイピールームには、KANや加藤紀子などの大物タレントも所属していて、保田圭や石川梨華などの元モーニング娘。のメンバーも多く在籍。

TNXと仲の良い芸能事務所ですので、つんく♂とは現在も仲が良いのでしょう。

また、はたけは音楽活動以外にも料理の腕前が評価されていて、テレビ番組でも料理をふるまう姿も放送されたりしていました。

現在もばりばりの音楽プロデューサーとして活躍しているはたけ。

フェスやライブなどの出演も数多く、まだまだこれからも現役で皆さんに素晴らしい音楽を発信し続けると思います。

元シャ乱Q・まことの現在

1968年生まれ、本名は堀内 誠。

元シャ乱Qで最も変わった活動をしているのがこのまことかもしれません。

元々、シャ乱Qでの楽曲の中で作詞を担当することもあったまことですが、「上・京・物・語」や「空を見なよ」など、ヒット曲の作詞もしていました。

シャ乱Qの活動休止の時は、ドラムでの活動の他にも作詞家としても活動しており、カントリー娘。や、平家みちよ、メロン記念日などの楽曲に作詞を提供しています。

また、モーニング娘。の司会役としても有名で、喋りが上手なことからバラエティ番組などにも呼ばれるようになり、タレントとしても活動し始めました。

シャ乱Qがブレイクしていたころ、1998年にアナウンサーの富永美樹と結婚しており、現在もおしどり夫婦として有名。

最近では2015年にテレビ番組の企画で短期移住した静岡県沼津市を気に入って、妻の富永美樹と移住していることもメディアで取り上げられています。

また、沼津では木工細工の制作に取り組んでいて、アウトドアを楽しみながら好きなことをやって生きている感じですね。

2019年8月にはYoutubeでアカウントを作成して、ユーチューバ―としても活動しています。

ファンならずとも結構面白い動画を出していますよ。

まこっチャンネルの動画のひとつをどうぞ。

以前は可愛い顔立ちでしたが、現在は歳をとってイケメンになっています。

最近は音楽活動はほとんど目立った活躍はしていませんが、高級外車を多数所有していたり、東京と静岡を拠点にしているのを見ると、金銭的にはかなり余裕があるようですね。

元シャ乱Qまことの現在は、

・テレビやラジオなどでのタレント活動

・富士山に近い静岡県沼津市で木工細工などアウトドアを楽しんでいる

・音楽活動はドラムと作詞活動をしているが、目立った活動はあまりない

・2019年からYoutuberとして活動開始!

50代になって、これまでずっと忙しかったので、美人な奥さんと人生を謳歌している感じですね。

元シャ乱Q・たいせーの現在

1969年生まれで他のシャ乱Qのメンバーよりも1つ年下のたいせー。

本名は経塚 泰誠(きょうづか たいせい)という珍しい名前で、たいせーは本名から名付けられています。

シャ乱Qが活動休止すると、つんく♂がプロデュースしたモーニング娘。やハロプロのタレントの作曲なども行い始めました。

もともとキーボード担当だったことから、ピアノなども弾けるし、作曲も多く手掛けています。

シャ乱Qが2008年に活動再開したころに「たいせー」から現在の「たいせい」という芸名に変更

たいせい名義で現在もジェイピールームのタレント一覧には掲載されており、テレビ出演などはかなり少ないものの、音楽家として活動中です。

また、最近ではアップフロントワークスという多くの大物アーティストが所属するレコード会社で制作ディレクターを担当。

音楽活動は幅広く、アイドルの楽曲をプロデュースするほかにもミュージカルなどの舞台演出などでも音楽関係で参加しています。

テレビ番組などでは元シャ乱Qまこととの共演も行っていて、シャ乱Q時代からライブではパフォーマンスが面白いと評判だっただけに、聴かせるだけでなく見せる演出が得意なたいせー。

ちょっと見た目が歳をとってしまいましたが、これからも音楽一本でいろんなシーンでの活躍が期待できそうですね。

プライベートでは、結婚もしていて小学生の子供もいます。

元シャ乱Q・しゅうの現在

1968年生まれ、本名は松井 秀一郎。

まことと並んでシャ乱Qのイケメン担当だったしゅう。

現在はSHUとして音楽活動を継続中です。

大阪にあるハートボイススタジオという音楽スクールの講師紹介にしゅうの紹介がありました。

ツイッターなどでも今でも根強いファンがいますが、しゅうは1998年に未成年女性への暴行で逮捕されてシャ乱Qを脱退しています。

シャ乱Q脱退後は、「DJ SHU」として音楽活動をしたり、2001年公開の「盲獣vs一寸法師」という映画に出演するなど俳優活動をしていたりしていましたが、つんく♂など他のメンバーのように注目されることはありませんでした。

2008年には上記の大阪の音楽スクールで講師に就任し、2009年にはロックバンド「エマルジョンGalaxxy」というバンドを結成。

バンドはシャ乱Qほど人気が出ることはなく、その後は他のアーティストのサポートメンバーにベーシストとして参加することが多くあるようです。

現在も音楽活動を中心に生活していると思われますが、本人と思われるツイッターもありました。

このツイッターの情報によると、更新は少ないのですが、現在は結婚していて大阪でベースを教えているようですね。

実力はホンモノでしょうし、過去に犯した罪は社会的な制裁を受けてもう清算されているはずですので、またシャ乱Qでなくともベーシストとして注目されても良いような気もしますね。

以上、シャ乱Qのメンバーの現在でした。

今は、それぞれが別々の舞台で活躍しており、これからもまだまだ活躍できそうなので、今後の新しい情報が入り次第、更新します。